渡辺保「歌舞伎劇評」
→バックナンバーを見る
活きのいい魚屋
2009年3月 国立劇場
(クリックで拡大)
松緑初役の魚屋宗五郎がいい。
宗五郎のせりふではないが、この「芝の活けもの」は「じきに売れ」るだろう。と私がいうのは基礎がしっかりしているからである。むろんまだ未完成ではある。酒を呑んで酔っていく具合など、問題はいろいろある。しかし初役だから仕方がない。今の時点で問題がなかったらそれこそニセモノである。
私が基礎がしっかりしているというのは、まず花道の出、菊茶屋の女房とのやりとり、つづいて女房おはまに妹のお蔦の戒名を見せるところ、そのあとの長ぜりふが、教わった通りきっちり出来ていて面白いからである。いくらきっちりしていても味がなければ芝居はつまらない。松緑の宗五郎のここが十分面白くなるのはまだ先のことだろうが、今から味があるところが松緑の将来性を感じさせる。「虫を殺していますのさ」というところなど二代目松緑生き写しで、思わず胸が熱くなった。お祖父さんが見たらばどれほど喜んだことか。むろん駄目も出ただろうが。
松緑独自のいいところは酒をのみ始めるときに父太兵衛に向って「父っつぁん、勘弁してくんねぇ」と頭を下げるところである宗五郎の禁酒をしている心、妹の死に傷ついている、その悔しさの深さがおのずと出ている。ここがいいので酔った上の「金比羅さまに断っているんだ」という悪態が効く。
もう一ついいところは「矢でも鉄砲でももってこい」である。その勢い、その意気の良さ、舞台一杯に若さの光彩が散るような目覚しさだった。若さの、激しいエネルギーの見せる面白さ。活きがいいというのは、こういうところである。
玄関先から奥庭にかけては、大抵の宗五郎役者が、前の場よりもうまくいかないところだから、とても初役ではムリだろうと思ったが、意外に健闘している。玄関先での長ぜりふはむろんまだこれからだが、「喜びありゃあ悲しみと」あたりの笑いから愁いにかわる辺りはきちんとして面白い。
以上初役にしては上出来。将来この人の当り芸になるに違いない。
孝太郎の女房おはまは、前幕のお蔦からガラッとかわっての世話女房ぶりでいいが、初日のせいか、前半に情がないのと、この人のクセでとかく芝居を突っ込むと素ッ気なく見えるのが損である。
橘三郎の太兵衛は、黙阿弥味がうすいが、芝居はしっかりしている。亀寿の三吉、梅枝のおなぎは二人とも大役をとにもかくにも大過なくやって健闘。
磯部屋敷になってからは、彦三郎の浦戸十左衛門が舞台を締める。友右衛門の主計之介、亀蔵の岩上典蔵。
松太郎と橘太郎の門番がいい。
この前に、今度は弁天堂、お蔦の部屋、井戸館の三場がつく。弁天堂と井戸館はこれまでも再三見たが、お蔦の部屋は私も初めて見た。しかし「加賀見山」の長局風であまり面白くない。脚本の補綴で、岩上兄弟の陰謀、その陰謀にのせられて主計之介が酒乱の果てに愛するお蔦を手にかけるといういきさつは鮮明になったが、だから面白くなったかといえば、それほどでもなかった。かえって主計之介の酒乱という焦点があいまいになった気がする。
孝太郎のお蔦は、弁天堂で花道を出たところがキレイでいいが、ここでも芝居を突っ込むときつくなってキレイさが吹き飛ぶ。初日のために帯のさばきがよくなく、一つ一つのきまりが鮮やかに行かなかったのが、これは明日にも直るだろう。
この場の幕切れに、お蔦、紋三郎、典蔵のだんまり風になって、浦戸十左衛門がからむが、それではあのご家老は、これだけの大騒動に一体なにをしていたのかと思わざるを得ない。お蔦と紋三郎が手を取り合って花道を入るのもよくない。これでは本当の不義密通になってしまうだろう。
友右衛門の主計之介は、いくらのんでも酒乱には見えず、亀蔵の典蔵は思ったほどではなく、一人橘三郎の岩上吾太夫がしっかりしている。
▲戻る
HOME
新日屋に対する質問、
ご要望やお問合わせは
お気軽にどうぞ。
Copyright(c)2005 Shibaichaya Shinnichiya All Rights Reserved.